検索
LINK
オンライン状況
オンラインユーザー41人
ログインユーザー0人
登録ユーザー15人
カウンタ
COUNTER46808
ブログ
ブログ >> 記事詳細

2015/01/29

ベトナム・カンボジア旅行(その4)(北川)

Tweet ThisSend to Facebook | by 事務局
アンコールワットとバンテアイスレイ
2015年1月20日(火)の朝、ホ?チミンからカンボジアのシェムリアップに移動し、その足でアンコールワットとバンテアイスレイを見学した。昨年11月に予約した時、私は朝の便の予約が出来たのに、M.K.氏は私に同行しようと、朝の便を申し込んだが朝の便が満席で昼の便を予約せざるを得なかった。私はシエムレアップに先行してM.K.氏の到着を待ち、午後をアンコールワット1ヵ所の見学にあてることとしていた。ところがチェックインカウンターは朝の便に空席があると言ってM.K.氏も朝の便に乗れ、二人は午前10時にはシエムレアップ空港に降り立つことが出来た。

迎えに来た車の運転手Yon君に相談したら、アンコールワット以外に規模が小さく、歩く距離が少ないバンテアイスレイにも行けるというので付け加えた。1960年代はバンテアイ・スレイ(女の砦)への道はジープでしか行かれないほど悪い上に、バンテアイ・サムレ(男の砦)に行くのが普通だったので、バンテアイスレイをアンコールワットと同じ日に見学するなど当時は考えられないことだった。

もう一つ、1960年代と変わったことは、遺跡群の見学に入場料を取る事である。我々は3日間で40ドルを支払った。1960年代は、無料なので深夜に来て遺跡を囲むジャングルの鳥や動物の声を聞きに来たものである。

アンコールワットの規模が大きいことでM.K.氏が最初に驚いたのは、お寺を囲むお濠を見て、大きいことであった。元カンボジア大使今川幸雄著の『現代カンボジア風土記』によると、お濠は南北1300m、東西1500m、幅190mとある。同じ「風土記」によると、アンコールワットはスーリヤヴァルマン2世(1113?1145)が自らの死後の幸福を願って、信仰するヒンズー教のビシュヌ神に捧げられた西向きの寺院である。アンコール様式の寺院の装飾に多い「乳海撹拌」の物語をM.K.氏にした。つまり、島を軸受け代わりの神亀の甲羅に乗せ、島に大蛇を一巻きして、大蛇の一方に神々が、他方に阿修羅が取りついて綱引きを始めると、島が回転して乳海を撹拌した。撹拌された乳海から「不老長寿のクスリ」と「天女アプサラ」が舞い上がった、というものである。

その他の装飾のテーマとして「ラマヤナ物語」があると説明した。「ラマヤナ物語」はインドの物語で、ラマヤナ王子の王妃で美しいシータ姫が魔王に誘拐され、ランカ島に拉致される。ラーマ王子は猿軍の将軍ハヌマンの協力を得て魔王を打ち、シータ姫を取り返す、というスジである。

美しい女性は弱く、醜い男性の欲情の対象であるとのスジは洋の東西を問わない話のスジであるようだ。でも、ベトナムには「ラマヤナ物語」は無いとのことで不思議である。ベトナムでは若く強い女性が長安から派遣された中国人施政官を知恵で悩ます、という物語が好かれるようだ。

夜は、運転手のYon君が予約してくれたホテル近くのレストランで、ブッフェスタイルのカンボジア料理を食べ、カンボジア舞踊を見た。古典舞踊と民族舞踊だった。大きなレストランがほぼ満席で、如何に多くの観光客がアンコール遺跡に来ているかを知った。Yon君はプノンペンに住むチャムロン君が紹介してくれた運転手で、3晩4日間のアンコール遺跡の見学を効率的に案内してくれた。



13:40 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)