検索
LINK
オンライン状況
オンラインユーザー27人
ログインユーザー0人
登録ユーザー15人
カウンタ
COUNTER107029
ブログ
ブログ >> 記事詳細

2015/02/02

ベトナム・カンボジア旅行(その7)(北川)

Tweet ThisSend to Facebook | by 事務局

プノンペンのチャムロン一家の世話になる

                 

2015年1月23日(金)の午前はカンボジアのシエムリアップから首都プノンペンに移動し、23日、24日と二晩を旧友のソック・チャムロン家の世話になり、25日の夜の便でM.K.氏はホーチミンへ、私は日本に帰った。

シエムレアップからプノンペンに行くのだから同じ国でビザは不要と思ったが、ホーチミン経由だったので、プノンペンに再入国とみなされ、空港で再びビザを取得せざるを得なかった。出迎えは、仕事に忙しいチャムロン氏の代わりに奥さんのロマニーさん、長女のクフさんが来てくれた。クフさんは去年会った時よりも背が伸び、ますます美人になっていた。

空港に近いチャムロン家で一休みした後、独立記念塔に近いメコン川を埋め立てて造った造成地の見物に行った。東京の有明の海を埋め立てて造成したビッグサイトのようなものである。近代的なビルが立ち並ぶ姿がカンボジア人の自慢なのであろう。造成地を見た後、対岸にオープンした「イオン・モール」に行った。イオンが経営する大ショッピングセンターで、立派なショウウインドーがカンボジアの人々の購買欲をそそり、豪華なレストランが食欲をそそる。勿論、最上階に広い駐車場に車を止めてエレベーター、エスカレーターで降りてこられる。シエムレアップに博物館を建ててカンボジアの文化に貢献する一方、プノンペンではイオン・モールを建ててカンボジア人の財布を狙うイオンのやり方はシタタカだと思った。

24日(土)はチャムロン一家と古都ウドンに行った。プノンペンの北約40?にあり、ポルポト時代の激戦地で1994年頃に行った時は丘の上の寺院は破壊されていた。今は麓に大きく立派な寺院が建てられ、大勢のお善男善女が来ていた。高い丘は敬遠し、低い丘の寺院を訪ね、麓に広がる平野を遠望した。夕食はM.K.氏の希望で、昨夜に続いてチャムロン夫人の手作り料理だった。ロマニー夫人の手料理はどこのレストランよりも美味しかった。


25日(日)は同じくチャムロン一家とプノンペンの南約50?のタケオに行き、郊外のレストランで、ロマニー夫人が注文をして土地のエビやサカナ料理を食べた。レストランと言っても点在する小屋の中で、眼下に広がる布袋葵が繁る湿地を眺めながら食事する趣向であり、カンボジア人はピクニックという。大きなエビは豪華で美味しかった。タケオは1990年代半ばに陸上自衛隊が駐在して復興に貢献したのであるが、駐在した場所は判らなかった。


夕方、チャムロン家で一休みし、夕食をご馳走になった後、空港に行き、家族総員の見送りを受けて帰国の路についた。

今回のベトナム、カンボジア旅行は、ベトナムではT.N.父子、カンボジアではチャムロン氏の好意に頼り続けで、楽しく収穫の多いいものであった。残念なことは、2010年に今川幸雄元大使の同行でアンコール遺跡を訪れた時は、階段が苦にならなかったのに、今回は階段が苦になったことである。自分では気付かなかったが、この5年間で足が弱くなったことが判った。情けない。 

 


13:36 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)