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2015/05/12

呉、江田島、広島、松山を旅行して?(北川)

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呉、江田島、広島、松山を旅行して(その4

                    2015年4月30日 北川泰弘

 

(6.の続き)

331日の午後は宇品から高速フェリーで四国の松山に行った。
松山には私の都立第十五中学校時代の親友の桐野昭二君が住んでいる。
桐野君は中学時代に海軍兵学校受験を私に勧めてくれた人だ。
彼の勧誘がなかったら海軍兵学校を受験しないで家族と一緒に広島にいて、
原爆で死んだかもしれない。彼は私の命の恩人なのだ。

昭和213月、私が長崎市 の郊外の高浜村にいた頃松山に呼んでくれて、
彼の家に滞在しながら松山高校を受験し、私は落第し彼は合格し、
その3年後東大の農学部に進んだ。

桐野君の直ぐ下の妹の礼子さんは、どう考えても80才を超えているが元気で、
東京の目黒駅近くでラテン文化を紹介するCaféy Librosを経営している。
私が松山高校を受験し、落ちたこともよく覚えている。彼女の夫君はメキシコ人で、
青山学院の先生で、17年前に66才で亡くなったが、夫君の遺志を継いで
ラテン文化の紹介に努めているのだ。
 桐野君も2年前に奥さんに先立たれた。
現在は黒尾さん、先崎さん、田口さんという3人の女性に支えられて生活を送っている。
3人とも夫々家族持ちである。黒尾さん、先崎さんは桐野君の専門の農政学の秘書として、
田口さんは得意の料理の腕を振るっている。
桐野家滞在中は田口さんの瀬戸内海のお魚料理を堪能した。

 

7.41日午前、 地雷除去の高山良二さん、桐野宅に来訪

今日は私の88才の誕生日である。今朝の午前中はカンボジアで地雷処理を
やっている団体の高山良二さん、正(しょう)金郎(きんお)さんが来訪した。
高山さんは1947年生まれの元自衛隊で、数年前にカンボジア地雷対策センター(CMAC)で
会ったことがある。
高山さんは1992?93年に国連平和維持軍(PKO)としてカンボジアに派遣された折に
カンボジアに惚れ込んだ。
2002年に自衛隊を退職後、自衛隊OBで構成する「日本地雷処理を支援する会、
JMAS」に参加、カンボジアを再訪、副代表して不発弾処理活動を行なった。
2010年にJMASを退任後、NPO法人「国際地雷処理・地域復興支援の会、IMCCD」を
立ち上げてカンボジアの地雷処理のみならず、地域の復興支援、留学生の受け入れを
今でも続けている。凄い人である。
桐野君にとって高山さんは初対面で、桐野君の農政を通じての友人、正金郎さんが
IMCCDの副理事長である関係で理事長の高山さんを桐野宅に連れて来たのであった。
高山さんは4月中旬にカンボジアに赴かれたが、出発前のお忙しい時に、
松山近郊の砥部町からお出で頂いたのであり、そのご好意に厚く感謝している。

写真10 後列右:高山、左:正、前列右:桐野、左:北川



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