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2012/11/29

神田幸雄君逝く(北川)

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 年末には喪中・年賀欠礼の挨拶状が来ます。11月26日に受取った喪中ハガキの中に、佐世保の神田英治さんから「平成24年11月1日、兄、幸雄が病気の為永眠いたしました」というのがありました。私の頭の中では「5月に佐世保の飲み屋で会った時にあんなに元気だったのに」と、「やっぱり」という思いが交錯しました。神田君は3年程前に倒れて緊急入院した前歴があったのです。

 ところで、皆さんは神田幸雄という名前をご存知ないと思います。
 神田幸雄君は1993年2月に難民を助ける会(AAR)の、地雷被害者を含む身体障害者が社会復帰するための職業教育センターの派遣職員としてカンボジアの土を踏みました。

 このことは、私自身、当時AARの小味かおるさんの案内で空港に近いJRS(イエズス会難民サービス)の職業教育センターの見学に行き、ついでに空港で神田君を出迎えたはよいが、同じ時刻に到着したフランスのミッテラン大統領の通行の為にプノンペンへの帰路が封鎖されて大いに往生したのでよく覚えています。

 神田君がAARの為にどういう業績を上げたかは知りません。しかし、神田君は地雷廃絶のために大きな業績を残しました。当時既に、神田君は地雷廃絶を願ってメール・アドレスをbanmines@muh.biglobe.ne.jpとしていました。そして、地雷問題を初めて世界の人たちに紹介した本、”The War of the Mines”(『地雷の戦争―カンボジアの地雷と国民の貧困化』1994年、文:ポール・デービス、写真:ニック・ダンロップ)のための現地調査を手伝いました。JCBLが誕生する3年前のことです。

 この本の抄訳は名倉睦生氏により1995年に朝日新聞社から『地雷に浮かぶ国カンボジア』として出版されました。地雷問題についての初めての日本語による啓蒙書となりました。名倉さんにとっても、私にとっても、神田君は地雷問題の教師でした。

 残念ながら、神田君は家庭の事情で佐世保に引っ込みましたが、地雷に関する情報をインターネットで探しては送ってくれていました。今年の5月に佐世保で会った時に、要らなくなったからと”The War of the Mines”の原本をくれました。これが彼からの形見になりました。その後、夏にカンボジアでのAARの後輩、現JCBL事務局長の内海旬子にコンタクトがあったとのことです。内海は次のように書いています。
「私はずっとお会いしていなかったのですが、この夏に東京ディズニーランドの株主優待券を送ってくださり、お礼の電話をしたら、『周りでディズニーランドを喜びそうな人は内海だけなので』と、いつものようにヒヒヒと笑っていらっしゃったのが最後になってしまいました。残念です。」

  
  写真:2012年5月18日 佐世保のスターバックスで。
  左から、北川泰弘、松本美智恵(石木川まもり隊)、神田幸雄

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